正しい犬のしつけ方

犬のしつけの本は正しいの?

 

「どの本にも違和感を抱いてしまいます。書いてあることが、うちのイヌにはあてはまらないんです。うちのイヌだけ特殊なのでしょうか?」

 

今までイヌの「しっけ」本をたくさん読んできたというAさんのこんな声を聞いた。実は、私のもとには同じような意見が次々と寄せられている。

 

では、世の中にあふれかえるウソと誤解に満ちたイヌのしっけ本を批判してみよう、などということはまったく想定していない。もうそのようなしっけ本に付きあう気はさらさらない。今回、私が取り上げるのは、イヌに対する見方に賛同できる部分がいたるところにあるが、それでも強い「違和感」を抱いてしまう、そんな本である。

 

まずは現在、当たり前に認められているイヌの「しつけ」にかかわる学習理論がどのような研究から生まれたのか、背景を明らかにし、その「効能」について語ることにしよう。

 

しかし私がここで明らかにしたいのは、何よりもイヌたちの「知性」である。

 

ドッグートレーナーのバイブル

 

『ザ・カルチャークラッシュ』というドッグートレーニングの本があります。

 

「ヒト文化とイヌ文化の衝突−動物の学習理論と行動科学に基づいたトレーニングのすすめ」という副題がついているこの本は、1996年にアメリカのジーン・ドナルドソンによって著され、2004年に邦訳出版されました。

 

少なくない日本のハンドラー(イヌを訓練する人。ここではアマチュアも含めて使用する用語)に好評を得ていて、同書をバイブルのようにあつかっている人もいます。

 

本の帯には「アメリカンペットドッグトレーナーズ協会、Top Ten Booksドッグトレーナー部門8年連続第1位」となっているので、アメリカのトレーナーからも強く支持されているようです。

 

映画やアニメ、テレビドラマによって擬人化されたイヌのイメージは、現実のイヌとあまりにもかけ離れているとする著者は、本を書いた動機について、「欧米社会のイヌに対する凝り固まった誤った見方に警鐘を鳴らしたかったからである。人々はイヌに対して人間の知能を無理やり当てはめようとしているだけでなく、自分たちが考える道徳観念までをも押し付けようとしている」と述べています。この見地にも共感が広がったようです。

 

『ザ・カルチャークラッシュ』は、イヌのかしこさを過大評価すると「善悪がわかっていながら悪事を働く存在と見なして、ついイヌに罰を与えがちになる」と警告した上で、罰による強制的なトレーニングを真っ向から批判し、きわめて実践的な方法論を述べています。ドッグトレーニングのスキルを磨こうと思う人にとっては、実際に役立つ情報の宝庫といえるかもしれません。

 

しかし一方で、この本を過大評価することは、イヌの感情生活に目をつぶり、イヌを自分の意のままにコントロールしようとする「操作主義」に陥ってしまう危険性がある、ということを指摘しないわけにはいきません。操作主義は、人間が本来持っている動物とのコミュニケーション能力をどこかに置き忘れさせることさえあるのです。

 

「15年も前にアメリカで刊行された本をどうしていまさら?」と、思う読者もいることでしょうが、著者の影響力の大きさを考慮し、この『ザ・カルチャークラッシュ』を、ここでは少し紹介しようと思います。

 

人は「報酬と罰」で価値観を身につけるのか

 

『ザ・カルチャークラッシュ』では、イヌの本質が話題にされています。

 

ほとんどのイヌのマニュアル本では一貫して避けられている本質論を語ろうとする、その心意気は認めます。しかし、展開されている論点のいくつかはきわめて主観的かつ独断的なものです。

 

まず、最も気になるのは、同書のどこを読んでも研究の環境について書かれていないという点です。本の奥付にあるこの著者のプロフィールを見ると、「サンフランシスコSPCA(動物虐待防止協会)附属のドッグートレーナー養成校の創設者」ということはわかります。

 

しかし、それ以上の情報がありません。

 

イヌの本質論を語ろうとするなら、少なくとも「群れの行動を観察したか」「どんな犬種を研究の対象としたか」といった点にふれるべきです。個体間の相互関係、その総和としての社会関係の考察を抜きにしてイヌのような社会的動物を正しく理解することは不可能です。

 

その意味で、群れの観察は不可欠なのです。

 

インターネットで調べてみると、1999年にドナルドソンが始めたドッグトレーナー養成校は、一部から「ドッグトレーナーのための「ハーヴァード」という評判を得ているようです。また、トレーナーとして仕事を始めたのは1975年からということです。

 

しかし著者の経歴や評判はどうでもいいのです。問題は、『ザ・カルチャークラッシュ』がイヌについて何を語っているかという点なのです。

 

同書の冒頭で、イヌを擬人化するディズニー流の解釈ではなく、スキナー流の解釈をせよ、と説いた後に、「イヌ本来の性質」という項を設け、次のように語っています。

 

ヒトは、オペラント条件付けと古典的条件付けによって学習する。この意味でヒトとイヌは似ている。しかしイヌとちがい、ヒトは観察と洞察を通した学習も得意としている。

 

私たちは言葉で考えを表現し、頭の中で過去、現在、未来を行き来し、抽象的な思考をすることができる。そして報酬と罰を受けるという経験を通して価値観を身につけ、その価値観を自分の中ではぐくんでいく。

 

多くのヒトはさらにそこから思いやりの心、良心、善悪の判断を養う。自分の価値観に正直に行動することで自尊心が生まれ、人格が形成される。イヌと決定的に異なるのはこうした点である。

 

そもそも前提が間違っているようです。人間は、「報酬と罰」の結果、価値観を身につけるわけではありません。私たちはたとえば書物を読むことで価値観を身に付けます。この著者に従えば、「読書も報酬だ」ということなのでしょう。しかし本書は「イヌ」について論じる本なので、この点は横におきましょう。

 

生まれた時は「白紙」か

 

ここで、皆さんと共に冷静に考えてみたいのは、「イヌのしつけにかかわる学習理論が生まれた背景に何かあるのか」についてです。

 

『ザ・カルチャークラッシュ』について論じる前に、少しだけ寄り道してみましょう。

 

イヌのしつけやトレーニングのマニュアル本は、例外なく「行動主義」の影響を受けています。行動主義は、1913年にアメリカの心理学者ジョン・ワトソンが提唱し、バラス・スキナーによって完成の域に達したとされる理論です。

 

ワトソンの唱えた学習理論は、一般に「古典的条件付け」と呼ばれています。

 

ワトソンは「刺激」と「反応」の関係に着目しました。「心理学は客観的な科学の一部なので、行動だけを問題にすべきであり、意識については排除する」という、ワトソンの考え方の基本は、次の2点に要約できます。

 

  • 反応は刺激によって決定される
  •  

  • 感情は刺激による反応にすぎない

 

一例をあげれば、次のようなものです。

 

目に埃が入る(刺激)→涙を流す(反応)

 

この理論を導くために、ワトソンは、生後11ヵ月のアルバート・Bという幼児を実験の被験者として選びました。

 

ワトソンはこの赤ちゃんに、白ネズミ(ラット)をはじめ様々なものを見せ、何を見ても怖がらないことを確認しました。アルバートは白ネズミと楽しそうに戯れていました。

 

あるとき、バスケットから取り出した白ネズミをアルバートに見せました。アルバートの左手が白ネズミに向かって伸びました。そのときです。いきなり切り裂くような金属音がアルバートを襲いました。アルバートの頭の近くにいたワトソンが、ハンマーで鉄棒を叩いたのです。

 

アルバートは、跳び上がり、前に倒れ、マットレスに頭をぶつけました(しかし泣かなかった)。アルバートの右手が白ネズミにさわったとき、また鉄棒が強打されました。アルバートは泣き出しました。その後、ワトソンは、アルバートが白ネズミに触れるたびに、ハンマーを振りました。

 

すると、間もなくアルバートは、白ネズミが視界に入るだけで、泣きながら這って逃げ出すようになりました。恐怖反応が条件付けされたのです。ついには、白いウサギやイヌ、アザラシの毛皮、サンタクロースのマスクまでも怖がるようなりました。白くてふさふさしたものは何でも怖がるようになったということです。

 

アルバートの学習した恐怖感が他のものに移った、このような特殊な特性を一般化させる過程を、心理学では「般化(generalization) Jという言葉で説明されています。

 

この実験に勢いづいたワトソンは、個人は生まれたときは「白紙状態」にあり、すべての行動は後天的に身につくものだと主張しました。よく知られているワトソンの「名言」を、紹介しておきましょう。

 

私に、健康な1ダースの赤ん坊と、彼らを育てるための特別な環境を与えてほしい。そうすればきっと、ランダムに選んだそのうちのひとりを、専門家に仕立て上げてみせよう。

 

医者にでも、弁護士にでも、芸術家にでも、大実業家にでも、そればかりか乞食や泥棒にさえにも、ならせてみせる。その子の祖先の才能、趣味、傾向、能力、職業がどうだろうと。

 

ワトソンが唱えた理論は、「刺激が反応を引き起こす」という、古典的条件付けです。ただこれだけの理論ですが、アルバート・Bに行なった実験について巧みなプレゼンテーションを行なうことで当時のアメリカでは注目されました(しかしワトソンの理論は、ヨーロッパでは無視されています)。

 

イヌにエサを与えるごとにベルの音を聞かせているうちに、ベルの音を聞くだけでイヌが唾液を分泌するようになったという、ロシアのイワン・パブロフの「条件反射」の実験は、「古典的条件付け」に当たります。ベルが刺激となり、唾液を分泌するという反応をおこすというわけです。

 

パブロフに解剖されたイヌの唾液腺は、漏斗につながれていたので唾液の量も測定できました。後にパブロフは、大脳皮質を欠損したイヌが、エサを与えられると唾液を分泌するものの、ペルの音では分泌しないことを発表し、ベルの音に対する「条件反射」が大脳皮質でおきていることを明らかにしました。このパブロフの実験は、ワトソンとは無関係に行なわれています。

 

徹底的行動主義

 

行動主義に新しい煉瓦を積んだのが、ハーヴァード大学のバラス・スキナーです。スキナーは、自分の理論をワトソンの行動主義と区別するために、自ら「徹底的行動主義(radical behaviorism)」と名乗りました。

 

1937年に、スキナーはネズミを使って次のような実験を行ないます。

 

給餌機を仕かけた箱にラットを入れておく。レバーを押せば食べ物がでることをたまたま学習したラットは、頻繁にこのレバーを押すようになった。

 

さらに、レバーを押すと電気が流れるような仕かけを作っておくと、ラットは電気ショックの嫌な経験を学習し、レバーに近づかないようになった。

 

この実験箱は後に、スキナー箱と呼ばれるようになりました。

 

スキナーは、「自発性」に着目した学習理論を考え出しました。ネズミぱたんなる試行錯誤だけではなく、自発的にレバーを押すようになった、と考えたのです。そしてその学習理論を、自ら「オペラント条件付け」と名付けました。オペラントとは、「オペレート(operate=働きかける)」からのスキナーの造語です。

 

オペラント行動のわかりやすい例をあげてみましょう。

 

あなたが新しいiPadを買ったとします。あなたはなぜiPadのスイッチを入れるのでしょうか? たとえば「電子書籍のコンテンツをダウンロードするため」と答えるはずです。

 

この行動は、古典的条件付けとちがい、行動の原因になることが行動の「後」にあります。

 

iPadのスイッチを入れる(行動) → コンテンツがダウンロードされる(原因)

 

ダウンロードするために、「自発的に」iPadのスイッチを入れるのです。

 

オペラント条件付けは、ドッグートレーナーに強い影響を与え、イヌのトレーニングやしつけに応用されてきました。現在も、「イヌのしつけ=オペラント条件付け」といっても過言ではないくらいの盛況ぶりです。

 

この理論では、学習のパターンに沿って、次のような法則があるとされています。

 

  • 正の強化…行動の直後に、いいことを与えると、その行動がくり返される。
  • 負の強化…行動の直後に、嫌なことが取り去られると、その行動がくり返される。
  • 正の罰…行動の直後に、嫌なことを与えると、その行動が減る。
  • 負の罰…行動の直後に、いいことが取り去られると、その行動が減る。

 

すっきりした内容です。理論じたいには、何の矛盾もありません。「知的な」イヌのしつけの本を読んだ経験のある読者なら、周知のフレームだと思います。

 

スキナーはラットの次にハ卜で実験を行ないました。鳥類には人間に近い色覚があるのでその実験は有効性が高い、と考えたのです。そしてネズミやハ卜で見出したこの法則が、人間にも通用することを証明しようとしました。

 

しかし、うまくいきません。その理由は、スキナーの「実験行動分析」は、遺伝的特質や本能的行動についての知見を無視していたからです。オペラント学習のパターンが、人間の行動においては、ごく限られた範囲にしか当てはまらないことは明らかです。そればかりか、人間を自動機械と見なすのかという批判が続出しました。